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東京地方裁判所 平成8年(ワ)23137号 判決 1998年9月29日

東京都港区港南四丁目一番一〇-一〇〇三号

原告

鈴木敏郎

右訴訟代理人弁護士

小池豊

櫻井彰人

右補佐人弁理士

久門享

福岡市中央区渡辺通二丁目一番八二号

被告

九州電力株式会社

右代表者代表取締役

大野茂

右訴訟代理人弁護士

田倉整

松尾翼

奥野〓久

西村光治

右訴訟復代理人弁護士

内田公志

右補佐人弁理士

一色健輔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、七〇〇二万円及びこれに対する平成八年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告が別紙「被告方法目録」記載の方法を実施したことが原告の特許権を侵害すると主張して、実施料相当額の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。

(一) 発明の名称 モルタル類の輸送方法

(二) 出願年月日 昭和六〇年九月一七日

(三) 出願番号 昭六〇-二〇五〇三九号

(四) 出願公告年月日 平成二年一一月一六日

(五) 出願公告番号 平二-五三二〇六号

(六) 登録年月日 平成三年一一月二八日

(七) 特許登録番号 第一六二六七七〇号

2  本件特許発明の特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「モルタル類を輸送するに当たって、セメントあるいはセメントと骨材に調合水に代わり粒状氷を添加し、粒状氷が徐々に融解し、湿潤した粒状氷の周りにセメントあるいはセメントと骨材等がまぶされた状態で攪拌混合し、引続き粒状氷が残存し巨視的均一混合系をなす時点で輸送過程に移すことを特徴とするモルタル類の輸送方法。」

3  右特許請求の範囲は、次のように構成要件に分説できる(以下、それぞれの要件をその番号により「要件<1>」などという。)。

<1> モルタル類を輸送するに当たって、

<2> セメントあるいはセメントと骨材に調合水に代わり粒状氷を添加し、

<3> 粒状氷が徐々に融解し、湿潤した粒状氷の周りにセメントあるいはセメントと骨材等がまぶされた状態で攪拌混合し、

<4> 引続き粒状氷が残存し巨視的均一混合系をなす時点で輸送過程に移すこと

<5> を特徴とするモルタル類の輸送方法

4  被告は、昭和六三年六月から平成七年九月まで、佐賀県東松浦郡玄海町所在の玄海原子力発電所三、四号機の建設工事を行った際、主として夏期に、別紙「被告方法目録」記載のコンクリートの輸送方法(以下「被告方法」という。)を使用した(ただし、別紙「被告方法目録」の三項のうち「氷が残存している状態で」の部分には争いがある。)。

5  コンクリートは、セメント、骨材及び水の調合によって生成され、通常は、生コン工場等で練り上げられた後、アジテータトラック(ミキサー車)に積載されて打設現場(工事現場)まで運搬される。この間、セメントと水の反応(水和反応)が進むので、コンクリートは時間の経過とともに硬化していく。この水和反応は、温度が高いほど進行しやすい。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  被告方法が本件特許発明の技術的範囲に属するか。

(一) 原告の主張

(1) 被告方法においてコンクリートを混練後、打設現場まで運送することは明らかであるから、要件<1>を充足する。

(2) 被告方法のうち上段のミキサで行われる混練においては、一次水の一部を水に代わり粒状氷としているから、要件<2>を充足する。

要件<2>が調合水の全量を粒状氷とする場合に限られないこと、粒状氷とは小氷塊であればよく、フレーク状のものであっても差し支えないことは、本件明細書の記載自体から明らかである。

(3) 被告方法では、氷を添加する結果、当該氷が徐々に融解し、その周りにセメント及び骨材がまぶされた状態で攪拌混合されるから、要件<3>を充足する。

(4) 被告方法においては、氷が残存した状態で生コン工場からアジテータトラックに搭載されて運送過程に移されるから、要件<4>を充足する。

被告方法において氷が残存していることは、原告が行った実験結果(甲三、五)から明らかである。

(5) 右のとおり、被告方法は、要件<1>ないし<4>を充足するモルタル類の輸送方法であり、要件<5>も充足する。

(6) したがって、被告方法は、本件特許発明の構成要件をすべて充足するものであり、その技術的範囲に属する。

(二) 被告の主張

(1) 被告は、コンクリートを製造するに当たり、気温の高い夏期には、コンクリートが打込み時に一定以下の温度になるように、一次水の一部をフレークアイスに置き換える「プレクーリング」を行った。これは、原子力発電所のように断面寸法の大きい構造物に用いられるコンクリートにおいては、打込み時の温度が高いと水和反応が早くなり、水和反応に伴う発熱によるコンクリート内部の温度上昇も大きくなりがちで、その後の温度の下降による部材の収縮によってひび割れが発生する可能性が高くなるため、これを避けるためにコンクリートの温度を下げるというものである。プレクーリングは、本件特許発明の特許出願の前に公知となっていた技術であり、被告はこれを実施したにすぎないから、被告方法が本件特許権を侵害することはない。

(2) 本件特許発明の要件<2>は、特許請求の範囲の文言や、本件明細書の記載内容からして、調合水の全部を粒状氷に置き換えること意味している。これに対し、被告方法は、その一部のみを氷に置き換えているにすぎないから、要件<2>を欠如している。

(3) 被告方法では、水と氷が混在する状態で混練されるから、氷の周りにセメント、骨材等がまぶされた状態にはなり得ず、要件<3>を充足しない。

(4) コンクリート中に氷が残存したまま打設した場合には構造物の強度に致命的な問題を生じるため、被告は、コンクリートの混練中に氷がすべて融解するようにフレークアイスの量を決定している。したがって、輸送時には氷は完全に溶解し、残存していないから、要件<4>に当たらない。

仮に被告方法において氷が残存していたとしても、要件<4>は、本件特許発明の目的等からすれば、長時間低温を維持できるほどの量の氷が残存している状態を意味しているのに対し、被告方法においてはそのような量の氷は残存していないから、要件<4>を充足しない。

(5) 以上のとおり、被告方法は要件<2>ないし<4>を欠如し、またその作用効果を異にするから、本件特許発明の技術的範囲に属さない。

2  原告の損害額

原告の主張は、以下のとおりである。

被告は、本件特許権につき出願公告がされた平成二年一一月一六日から同七年九月までの問、原子力発電所の建設工事に際して、少なくとも一一万六七〇〇立方メートルのコンクリートを使用した。右工事におけるコンクリートの単価は一立方メートル当たり二万円を下らない。また、本件特許発明の実施に当たり通常受けるべき実施料相当額は、少なく見積もってもコンクリートの価格の三パーセントである。

よって、原告は被告に対し、出願公告後特許登録までの分につき特許法五二条二項(平成六年法律第一一六号による改正前のもの)、一〇二条二項、登録後の分につき同法一〇二条二項に基づき、実施料相当額七〇〇二万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年一月一日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  争点に対する判断

一1  争点1(技術的範囲の属否)のうち、要件<2>(セメントあるいはセメントと骨材に調合水に代わり粒状氷を添加し)の該当性についてまず検討する。

2  後掲の各証拠によれば以下の事実が認められる。

(一) 特許請求の範囲に用いられている「代わり」という文言は、通常の国語の用法としては、「いれかわること。交替。」という意味で用いられている。(乙三〔広辞苑〕)

(二) 本件明細書の発明の詳細な説明の「発明の構成」欄には、本件特許発明に係る輸送方法につき、次のような記載がある。(甲二)

(1) 「この輸送方法では、モルタル類を調合する際に、水の代わりに粒状の氷を加え、セメントまたはセメント、骨材等と固相で混合する。粒状氷は周りにセメントあるいはセメント、骨材等が付着し、粉体がまぶされた粒子のごとき状態となり、分散して微視的には不均質であるが巨視的には均質の混合系を形成する。この混合の過程では粒状氷は、周りに粉体がまぶされ、断熱層で覆われた形となって、融解が緩徐となり、その分の遊離水を減少させて水和反応を抑制する。」(2欄16行ないし3欄1行(本件特許権の特許公報(甲二)の欄及び行数。以下同じ。))

(2) 「この輸送方法では、セメントの水和反応に必要とする水の全量を粒状氷として供給するのが好ましいが、通常、砂その他骨材類は多少の水分を含有するので、これら原料に同伴する水分を除いた調合水を粒状氷で供給することになる。」(3欄43行ないし4欄3行)

(三) 本件明細書の発明の詳細な説明の「作用」欄には、「このモルタル類の輸送方法は、混合の過程で粒状氷の周りにセメント、骨材等がまぶされた状態で攪拌・混合するので、粒状氷の融解が抑制されて低温を持続でき、当初は融解水も少ないので水和反応を低位に押さえることができる。」(4欄5ないし9行)との記載がある。(甲二)

(四) 本件特許発明の特許出願がされる前から、「プレクーリング」という技術が、コンクリートの製造・打設等の分野における当業者に公知であった。これは、主として夏期に用いられるもので、水和熱による温度上昇を低減して良質のコンクリートを得るために、コンクリート材料の一部又は全部をあらかじめ冷却してコンクリートの打込み温度を低下させる方法であり、冷水や氷等を混練水として使用することが行われるが、気温に応じて、冷水を用いる場合、冷水と氷を用いる場合、冷水、氷及び冷却した粗骨材を用いる場合等がある。また、練り混ぜに用いる水の一部として氷を用いる場合には、ミキサ内で氷が完全に融解しないと、練り上がったコンクリートの中に氷が混入し、品質の悪いコンクリートができるおそれがあるので、氷の量は、練り混ぜに用いる水量及び混練時間を考慮して決めるとともに、氷の形状についても塊状のものを使用しないことが必要であるとされている。(乙二)

(五) 被告は、玄海原子力発電所の建設工事に際し、原子力発電所の建設現場(構内用地)に生コンクリート製造設備を設置し、右製造設備から約八○○メートル離れた建築現場までアジテータトラックにより生コンクリートを輸送したが、その生コンクリート製造の際に、一般に強度の発現が悪いとされる夏期においてコンクリート構造体内部の温度上昇に伴うひびわれを抑制してコンクリートの品質を確保するため、毎年五月ころから一〇月ころまでの間、冷水及び氷片(厚さ約二ミリメートルのフレークアイス)を混練水として用いるプレクーリングを行った。使用する氷の量は、外部の気温に応じて、荷卸し時のコンクリートの温度が摂氏二〇度(原子炉格納容器以外については二五度)以下となるように決められた。なお、右工事においては、生コンクリート製造設備から建築現場までの距離が約八〇〇メートルしかなく、輸送に短時間しか要さなかったので、出荷時から荷卸し時までの間にコンクリート温度の上昇はほとんど見られなかった。

(甲六の1ないし4、九、乙一)

3  右に認定した事実によれば、要件<2>は、モルタル類を調合する際に、セメント、骨材等と粒状氷のみとを混合することを意味し、外部から水を加える場合を含まないと解すべきである。その理由は次のとおりである。

(一) モルタル類は、セメント、骨材等に調合水を添加して混練されるが、特許請求の範囲の「調合水に代わり粒状氷を添加し」という文言の文理解釈としては、調合水を添加することなく、粒状氷を添加することを意味すると解される。もっとも、特許請求の範囲の右文言から直ちに、調合水の一部のみを粒状氷とする場合が本件特許発明の技術的範囲から除外されているものということはできず、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を考慮する必要がある。

(二) コンクリートを練り上げる際には、セメント、骨材等と調合水とが混合されるところ、本件特許発明においては、この混合が「固相で」行われ、この混合の過程で、粒状氷は「粉体がまぶされた粒子」のようになる旨が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている(前記2(二)(1))。右の「固相」については、「明確な物理的境界により他と区別される物質系の均一な部分」を「相」といい、「固相」とはそれが固体の状態であるものをいう(乙六〔岩波理化学事典第四版〕)。また、「まぶす」という文言は、通常の国語の用法として、「まみれさせる。一面になすりつける」ことを意味している(乙七〔広辞苑〕)。

ところが、調合水として液体である水を外部から加えると、セメント、骨材等と粒状氷とは、液体が存在する状況下で混合されることとなるので、これを「固相」での混合ということはできない。また、粒状氷の周りは、水により湿潤したセメント、骨材等が連続的に存在することとなるから、粒状氷は「粉体がまぶされた粒子」のような状態にはならないと解される。さらに、外部から加えられた水によって水和反応が進行することになるから、本件特許発明の作用(前記2(三))を奏することもない。

そうすると、発明の詳細な説明における右記載からすれば、モルタル類の調合に当たり液体である水を外部から加える場合は、本件特許発明の技術的範囲に含まれていないというべきである。

(三) 本件明細書中の発明の詳細な説明には、水の全量が粒状氷として供給されなくてもよい旨の記載があるが(前記2(二)(2))、これは、砂その他の骨材類に通常含有されている水分を乾燥させるなどして取り除く必要はないことを示したものであって、右記載から、外部から水を加える場合も本件特許発明の技術的範囲に含まれると解することはできない。

(四) モルタル類を調合する際に氷と水の双方を混合することは、本件の特許出願前に既に公知であったプレクーリングにおいても行われていたことであるから、これが本件特許発明の技術的範囲に含まれるとすれば、本件特許権は無効事由(特許法二九条一項)を有することになる。この点に照らしても、要件<2>は前記のように解すべきである。

4  他方、被告方法は、別紙「被告方法目録」記載のとおり、コンクリートを混練するに当たり一定割合の水を外部から加えているから、要件<2>を充足しないと認められる。

5  この点につき、原告は、前述(第二、二1(一)(2))のとおり、調合水の一部として水を加える場合も本件特許発明の技術的範囲に含まれる旨主張しているが、要件<2>をそのように解すべきでないことは、前に説示したとおりである。

二  また、前記認定の事実からすれば、外部から水を加えたときは、粒状氷の周りにセメント、骨材等が「まぶされた状態」になるとはいえないから、被告方法は、要件<3>(粒状氷が徐々に融解し、湿潤した粒状氷の周りにセメントあるいはセメントと骨材等がまぶされた状態で攪拌混合し)も充足していないというべきである。

三  以上によれば、被告方法は本件特許発明の技術的範囲に属さないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年七月七日)

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 中吉徹郎)

(別紙)

被告方法目録

左記の手順によるコンクリートの輸送方法

一 上下二段の階層式ミキサの上段ミキサにおいて、材料としてセメント、砂(細骨材)及び一次水(全水量から骨材に付着した水を差し引いた水量の九〇パーセント)を投入し、五五秒間混練してモルタルを作り、下段ミキサに排出する。一次水のうち二五ないし六〇パーセントはフレークアイスである。

二 下段ミキサでは、更に、砂利(粗骨材)及び二次水(残りの一〇パーセント)を投入し、五五秒間混練してコンクリートとする。二次水は水と混和物からなる。

三 混練されたコンクリートを氷が残存している状態でアジテータトラックに収納し、工事施工現場まで輸送する。

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